日田は周囲を山に囲まれた典型的な盆地で、多くの河川が流れ込む、水郷(すいきょう)」を形作っています。春から秋にかけては、「底霧」と呼ばれる深い霧がこの盆地を覆い、夏には梨畑の緑が丘陵を、秋には赤や黄色に色づいた葉が斜面を赤く染めていきます。 この豊かな季節の中で育まれた梨が「日田梨」です。 日田梨の歴史は、明治45年に太郎良峰次郎が20歳記念として、長十郎と晩三吉を植え付けたのがはじまりといわれています。その後、各地で、「早生赤」「太白」等の新しい品種が植え付けられ、大正9年には、昭和のトップブランドとして、全国各地で栽培される「二十世紀」が日田にも導入されるに至り、梨栽培の気運は市内全域で高まりを見せました。
しかし、戦争の激化に伴う人手不足から、減産を余儀なくされる時期が、戦争が終結するまで続きました。戦争が終わると、時代は一気に食糧増産に傾き、一度消えかけた梨栽培も、新植、改植がすすみ、団地が形成され、栽培技術を高め合う生産者集団が生まれ、日田梨も息を吹き返しました。 今、日田は県内一の梨産地となっており、中国などの東アジア地域でも、高級梨「日田梨」として、高い人気を得ています。